大阪高等裁判所 昭和57年(う)736号 判決 1983年3月15日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役七年に処する。
原審における未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。
原審ならびに当審における各訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
検察官の本件控訴の趣意は検察官谷山純一作成の控訴趣意書に、被告人ならびに原審弁護人の本件控訴の趣意は弁護人西畑肇作成の控訴趣意書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。
(各控訴趣意中、原判示第一事実に関する事実誤認の主張について)
検察官の論旨は、要するに、被告人は本件犯行現場に赴く以前から巌に対する殺意を抱き、白、裏辻、吉峯らと同人殺害の共謀を遂げていたものであり、被告人に殺人罪の成立することは明白であるから、これを否定して傷害致死罪の成立しか認めなかつた原判決には重大な事実の誤認があり、破棄を免れないというのであり、弁護人の論旨は、要するに、本件は、白、裏辻、吉峯らが被告人の知らない間に、被告人の意思に反する新たな謀議を遂げ、これに基づいて巌を喫茶店「ドム」の店外に連れ出したことがきつかけとなり、裏辻において刺身包丁で同人の左前胸部を突き刺して死亡させたものであり、これによる同人の死亡と被告人の所為との間には因果関係がなく、被告人に対しては殺人罪はもとより傷害致死罪の罪責を問うこともできないから、被告人に傷害致死罪の成立を認めた原判決には重大な事実の誤認があり、破棄を免れない、というのである。
そこで、各所論にかんがみ、記録を精査し、かつ当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が未必的な殺意のもとに、白、裏辻、吉峯らと共謀のうえ巌を殺害した事実が肯認され、右認定は当審における事実取調の結果によつても裏付けられる。
弁護人の所論は、本件巌の殺害は被告人の全く知らない間の出来事であり、被告人には何らの責任もないといい、原判決は、被告人は巌と親交があり、同人との貸金問題については、〓井組内にあつても、白や吉峯と立場を異にし、極力円満な解決策を求めて行動しており、本件犯行現場に赴く際にも、同人から満足な回答が得られないときは、暴行・脅迫に訴えてでも同人を〓井組長のもとへ連行し、問題の解決をはかろうとの意思を有していたにとどまり、白や裏辻らのような同人に対する殺意までは有していなかつた、というのであるが、前同証拠によれば、たとい被告人が巌と親交を有し、できれば同人の殺害というような事態に立ち至ることは回避したいと考え、そのかぎりにおいては同人の殺害に消極的であつたにせよ、巌においては被告人のとりなしをよいことにしてか、右問題に対する明確な回答をしぶつたりしていたことから、これを知つて面子をつぶされたと激怒した〓井組長において、白を殴打し、吉峯を土下座させたりして叱責したばかりか、自らも長髪を切つて丸坊主になるなど、組員に対する異常とも思えるほどの激越な言動に出て自らの決意のほどを示し、これにより巌を組事務所に連行してでも早急に問題の結着をつけるよう指示するに及んだため、これを受けた組員一同が、緊迫した雰囲気のもとで、組長の意向にかなつた善処方をはかろうと一晩中駈けまわつて巌の所在をさがすなど、必死になつてその方策を模索していたことが認められ、また、被告人が白、裏辻、吉峯らとともに本件犯行現場に赴いたのは右のような状況下においてであるがその際白らに対し「厳がたよりない返事をしたら、わしが言うから、お前らの好きなようにせい」などと申し向けたりしていたこともうかがえる。これらの事実に徴すれば、被告人としては、巌と会つて明確な回答が得られれば、貸金も回収されて〓井組としての面子も立つばかりか、親交のある巌をいためつけたりすることも回避され、交渉をまとめた自己の舎弟頭としての評価も高まり、いま一度巌とさしで話しあつてみる余地もあると考える一方、かかる緩慢な態度に終始しているとまたもや頼りない話になつてしまつて自分が最後の責任をとる羽目にもなりかねないとも考え、さらには同道している白、裏辻、吉峯らが、激怒した組長の強い叱責を受けたりして組長の決意のほどを知つてか、包丁やけん銃を準備し、現場に向かう車中においてもそれらの兇器の使用方法についての会話を交わしたりしている状況から、一気に巌の強制連行を企て、その際の抵抗如何によつては同人の殺害も辞さないと決死の覚悟でいたことも察せられ、一応白、裏辻、吉峯らの行動に委ね、それによる事態の進展如何によつては厳の殺害という結果に立ち至ることもありうるがそれもまたやむをえないと意を決したことがうかがわれる。そして前同証拠によれば、被告人は、吉峯を伴ない、巌とともに喫茶店「ドム」の店内に立ち入つたところ、予想どおり、白が店内に立ち来たつて「巌さん、外で話しましようや」と巌を誘い、同人もこれに応じて店外に出てしまい、その後同人が同店前路上で白らの求める乗車を拒否して暴れたりしたため、白および裏辻において、殺意をもつて所携の刺身包丁で同人の左前胸部等をめつた突きするなどし、これにより転倒した同人を原判示乗用車の後部座席に押し込むなどしたが、その際店外に出ていた被告人においても「まだ足が出ている。早よ足を入れんかい」「早よ行け」などと白らに指示したりしており、やがて箕面方面に向けて走行中の同車内においても、腹部から血を出しながら「小西さん、うらみまつせ」「助けてくれ」などと助けを求める巌の懇願に答えなかつたばかりか、「往生ぎわの悪い奴や」「足を刺して黙らせろ」などという吉峯の命令を受けた裏辻がなおも右包丁で巌の大腿部を突き刺すなどしたのに対しても何らこれを制止せず、これを容認し、さらには瀕死の状況にあつた巌を救護する何らの措置もとらず、同人を車内に放置したまま単身同車から下車してしまつていること、これらにより、同人は間もなく同車内において左前胸部(心臓)刺創に基づく大出血により失血死するに至つたことが認められる。以上の諸事情によるときは、被告人においても未必的な殺意のもとに、殺意を持つて実行行為に及んだ白、裏辻ならびに吉峯らと共謀のうえ、巌を殺害したことが明白であり、被告人の所為と巌の死亡との間に因果関係のあることも明白であるといわなければならない。右認定に反する被告人の原審、当審各公判廷における供述、その他の証拠はにわかに措信し難い。
そうしてみると、被告人の殺意や殺害の共謀を否定した原判決は、その点に関する事実を誤認したものであり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。
以上のとおりであり、原判示第一事実についての事実誤認を主張する弁護人の論旨は理由がないが、この点に関する検察官の論旨は理由があるから、その余の各論旨(検察官、弁護人の各量刑不当の主張)に対する判断をまつまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりさらに判決することとする。
(罪となるべき事実)
被告人は、山口組系〓井組(組長〓井健助)の舎弟頭であるが、
第一、同組舎弟吉峯道博、同組若頭白辰男、同組組員裏辻正之らととも、かねて同組において貸し付けていた賭場開張資金の返済をめぐつてトラブルを生じていた山口組系中川組幹部巌明臣(昭和九年三月生)といま一度話しあい、明確な回答が得られないときは、暴行・脅迫ないしは傷害などの手段に訴えてでも同人を車に乗せ、箕面市内の〓井組長の情婦方へ連行して右貸金問題についての結着をつけようと企てたが、右問題に対する同人のそれまでの態度に激しい憤りを感じていた右白、裏辻、吉峯らが状況によつては一挙に同人を強制連行せんとし、これに対する同人の抵抗如何によつては同人の殺害という事態も生じかねないがそれもまたやむなしと意を決し、ここに右白、裏辻、吉峯らと意思相通じ、昭和五五年二月八日午後五時前頃、右白、裏辻、吉峯らと連れ立つて大阪市東区糸屋町二丁目三〇番地の一喫茶店「ドム」に赴き、右吉峯のみを伴なつて店内で同人と話しあいをはじめようとするや、予想どおり白が店内に立ち来たつて同人を店外に誘い出し、同人を同店前路上に停車中の普通乗用車に乗せんとするも、同人がこれを拒否して暴れたりしたため、右白および裏辻において、殺意をもつて、所携の刺身包丁(刃体の長さ約一七・五センチメートル)で同人の左側胸部、左前胸部、左大腿部等をめつた突きし、その場に転倒した同人を同車後部座席に押し込むなどして同車を発進させ、その後箕面方面に向けて走行中の同車内においても、さらに右裏辻が前記包丁で同人の右大腿部を数回突き刺すなどし、よつて間もなく同車内において、同人を前記左前胸部(心臓)刺創に基づく大出血により失血死させて殺害し、
第二、法定の除外事由がないのに、同日午後五時過頃、同市北区西天満三丁目五番地先交差点付近路上において、三八口径回転弾倉式けん銃一丁および火薬類である同けん銃用実包四発を所持し
たものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は刑法六〇条、一九九条に、判示第二の所為のうちけん銃所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、実包所持の点は火薬類取締法五九条二号、二一条にそれぞれ該当するところ、判示第二のけん銃所持と実包所持は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重いけん銃所持の罪の刑で処断することとし、所定刑中、判示第一の罪については有期懲役刑を、判示第二の罪については懲役刑を各選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、本件犯行の動機、態様、結果、被告人の殺意や共謀の内容、役割分担の状況、年令、健康、前科関係(とくに本件が前刑の執行猶予期間中の犯行であること)、反省状況その他遺族の被害感情、本件の社会的影響、共犯者との刑の均衡等諸般の事情を考慮し、被告人を懲役七年に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中三〇〇日を右の刑に算入し、原審・当審における各訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。